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新井田先生の思い出

2011年10月 5日 (水)

「本を完全マスターする」とは?

新井田先生には、さまざまなことを教えていただいたが、聞きそびれてしまったこともある。先生は初心者のこどもには、矢倉囲いと棒銀の攻めを徹底的に教えていた。ある程度以上のレベルになった子にオススメなのが、以下の2冊の本らしい。

『初段に勝つ矢倉戦法』(森下卓著、創元社)
『最新矢倉戦法 徹底研究▲3七銀戦法』(高橋道雄著、創元社)

新井田先生のお話では、『初段に勝つ…』を完全マスターすれば、矢倉に関しては三段、さらに『最新…』まで完全マスターすれば、矢倉に関しては全国の小学生に敵なしだそうだ。この“完全マスター”というのは、2~3回読んでみたというレベルでないことだけはたしかだ。吾輩の想像では、おそらく、「本を読む→将棋盤にならべてみる→実戦で使ってみる→また、本を読む→…」を、何度も何度も何度も何度も…、くり返すのだろう。

“完全マスター”というのはどういう状態のことなのか? どういう読み方・練習をすれば、その“完全マスター”ができるのか? 肝心な部分をお聞きすることができなかったのは、かえすがえすも残念だ…。

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2011年9月26日 (月)

オープン大会とローカル大会の意義

吾輩が、新井田先生からうかがったお話の中に、「オープン大会」と「ローカル大会」の話題があった。具体的には、旭川地区で大会を行うときに、北海道全域から参加できる大会(オープン大会)と、旭川地区だけの大会(ローカル大会)の2種類があるという。オープン大会のばあい、「どうせ札幌から遠征してくる強い子には勝てないから…」と、地元旭川のこどもがあまり参加してくれないからだそうだ。

8月の交流戦(ローカル大会+特別ゲスト)で、Fくんは1週間前の岡南公民館杯のリベンジをはたしての優勝だった。県外の強豪に大逆転勝ちをおさめて準優勝となったTくんも、とてもうれしそうだった。県内だけの優勝・準優勝よりも、ずっと価値があったと吾輩は思う。

9月の団体戦は会場がせまいという問題もあり、岡山県内だけの純粋なローカル大会となった。レベルはさほど高くなかったが、県内のこどもたちの親睦を深めるという意味では、これまた大いに意義があったと思う。

一方、11月3日(祝)のJFE大会は、完全なオープン大会だ。県外からもつぎつぎと強豪の参加があるらしく、決勝トーナメントではハイレベルな戦いがみられそうだ。それでも、なんとかして岡山県の子に優勝してほしいものだ。

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2011年8月31日 (水)

出発点

偶然にも吾輩は、新井田先生がなくなる3日ほど前(「第4回 岡山県こども将棋教室交流戦」の少し後)に北海道将棋連盟の道場を訪問し、こどもの指導や大会の運営について貴重なお話をたくさんうかがうことができた。このとき先生からいただいた“遺言”を伝えるのは、吾輩の義務であると感じている。

この「第4回 岡山県こども将棋教室交流戦」(水島教室主催)は、吾輩も少々お手伝いをしたので、かなり印象に残っている。このときの大石先生の方針として、「水島教室の講師と保護者“だけ”で運営する」「プロ棋士(浦野七段・西川四段)をよぶ」「昼食お弁当も用意する」の3つがあった。このときの経験があったため、この3つは福成教室では不可能とみて、早々にあきらめた。

その代わりに吾輩が山崎一先生に強力に提案したのが、新井田先生の教えである。“遺言”によると、岡山県内でもっともよい大会は「こども将棋教室交流戦」であること、この大会を発展させて、“遺言”をなんとか実現させたいと思ったこと。この1年半前の訪問こそが「第7回 岡山県こども将棋教室交流戦」(福成教室主催)の真の出発点だったのだ。

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2011年8月26日 (金)

新井田先生の遺作『手筋の隠れ家』

新井田基信の遺作『手筋の隠れ家』の書評が、「観る将棋ファン」のための将棋観戦記ブログにのっていた。

詳しくは、こちら。→新井田基信氏の遺作『手筋の隠れ家』

この記事だけではなく、ブログそのものも、なかなか読みごたえがありそうだ。渡辺竜王も著書で書いていたが、「観るスポーツファン」がいるように、「観る将棋ファン」がいたっていいんじゃないか?

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2011年8月15日 (月)

シングルタスク人間とマルチタスク人間

マルチタスク は、コンピュータにおいて複数の作業を切り替えて実行することができるシステムのことである。逆に、同時に一つの作業しか実行できない方式をシングルタスクという。
(「ウィキペディア フリー百科事典」を参考にした)

「盤面・局面への集中力」「盤上没我」、ハチワン流でいえば「ダイブ」は、選手としては“美点”だ。しかし、集中力のあるシングルタスク人間は、こども教室の先生としては反対に“欠点”となることもある。したがって、教室でも手合い係や見回り係をつくって、全体に気を配るおとなが必要だろう。

その点では、新井田先生は驚異的なマルチタスク人間で、道場の席主として、超人的な能力をもっていた。Aくんに棋譜並べの指導をしながら、横目でBくんとCくんの対局を観察してアドバイスをし、べつの大人の感想戦にも参加するなど、ひとりですべてのお客さんの相手をしていたのだ。おそらくスナックのママになったとしても、大成功していたに違いない!

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2011年7月27日 (水)

「レッスン日和◆新井田基信さんの場合」下

「レッスン日和」の中級者編につづき、上級者・有段者編である。初段近く、あるいはそれ以上のレベルになったら、どうするか? 新井田先生の考える2大基本練習は、棋譜並べと詰将棋である。

初段近くからの伸ばし方
「3級のTくんが『天野宗歩実戦集』を返しに来た。……現代の棋士の実戦譜だけではなく、昔の名人、達人の将棋を並べることが重要だと思っている。」

「初段近くまできた子にはNHK杯戦を見させて棋譜を取るように言ってある。その棋譜を並べながら私に解説してくれることが私への授業料。」
(週刊将棋2010年1月27日号より)

じっさいには、解説まで集中して見ている子どもはいないらしい。以前の記事にも書いたが、結局、将棋はひとりで強くなるしかない。新井田先生の子ども時代にはビデオがなかったので、棋譜取りも一発勝負だった。それがかえって集中力を引き出して上達につながったのだろう。

新井田先生いわく「1局でも多く棋譜を並べ、1問でも多く詰将棋を解く」。これ以上の先生はいないらしい。「そういうことが、だれにも言われなくてもできるように」なること。そうすれば、もう誰に頼る必要もないというのだ。

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2011年7月26日 (火)

「レッスン日和◆新井田基信さんの場合」中

「レッスン日和」の初心者・初級者編につづき、中級者編である。初心者を脱したあと、どにょうな方針で教えていくか? さまざまな考え方があるだろうが、矢倉囲いの守りと棒銀の攻めが、先生の考える将棋の2大基本であった。

最初の囲いは矢倉一本
「小3のKくんは(居玉)棒銀で学校の友人には連戦連勝。ただ、少し前に出た小学生大会は1勝5敗だった。」「居玉棒銀を封印させて、矢倉に囲うことを教えた。矢倉に組む手順をこちらの動きに従わせて練習させる。スポーツの練習のように、指に覚えさせるのだ。これに棒銀を組み合わせる。」「『飛角銀が攻め駒で、それを使って相手の駒を取る』ということに気づいてくれれば大成功だ。」

「2枚落ちまでは矢倉でいいというのが私の考え。ただし、2枚落ちでは桂を使える形にしないとうまくいかない。この段階になって初めて『攻めは飛角銀桂』をたたきこむ。」
(週刊将棋2010年1月20日号より)

新井田先生のようなプロフェッショナルの先生が教えても、すべての生徒が初級→中級→上級→有段へと、上達をつづけていくわけではない。2年ほど教えていたIくんが父親の転勤で引っ越すことになり、将棋をつづけるかどうかはわからない、という。それでも、「たとえ一時的に将棋をはなれたとしても、20年後、30年後、Iくんが父親になったときに、きっと将棋のことを思い出してくれるはず」。それが新井田先生の願いであった。

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2011年7月25日 (月)

「レッスン日和◆新井田基信さんの場合」上

『週刊将棋』の「レッスン日和(びより)」コーナーでは、全国の有名指導者の方々が、その指導のノウハウを惜しげもなく書いてくださっている。「部活ストーリー」とともに、単行本化を熱望している。

吾輩が最後に新井田先生にお会いした目的は、この連載のコピーをいただくためであった。先生からいただいたコピーがいま手元にあるが、形見の品となってしまったその記事をご紹介したい。小2のRくんは玉、飛車、角、歩の動かし方だけがわかってやってきた。「将棋を習いたい」といって北海道将棋会館にやってくる子の70%はこのレベルだそうだ。

教える方も根気よく
「上手が玉のみでのハンデ戦(19枚落ち)。……龍と馬での1手詰みを50回くらい繰り返し行って『詰み』とは何かを教える。」「龍と馬での詰みは完全マスターしたので、……1枚で守っているところは2枚あれば崩せる。2枚で守っているところは3枚で攻めれば崩せるということが、何度もやらせないとわからない。非常に根気がいる作業である。」「……マスターできたので、棒銀を教えた。歩を交換しながら銀を前に進めるということがスムーズにできて棒銀が成功。ここまで5時間。……今まで50人以上こういう子が来たが、このあたりで半分はいなくなった。Rくんはいつまで続くだろうか。」
(週刊将棋2010年1月13日号より)

札幌のような都会では、(駒の行き方などの)ルールを知っていることはもちろん、ある程度指せる子でないと、将棋教室への入会すら断られることがあるらしい。そのような子を一手に引き受け、将棋教室に歓迎されるレベルにまで引き上げるのが、新井田先生の重要な仕事のひとつであったのだ。

何を隠そう、吾輩も初心者の1年生を連れて、一度、ある将棋教室に入会を断られたことがある。そのときの悔しい思いがあるので、どんな初心者であろうとも、吾輩が関わっている将棋教室で入会を断るということは、絶対にない! また、当時その1年生をこころよく受け入れてくださった「水島子ども将棋教室」の大石先生、「久世将棋倶楽部」の将ちゃん先生には、どんなに感謝しても感謝しきれない。

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2011年7月 8日 (金)

本当の将棋の普及とは?

新井田先生のことばで、吾輩にひじょうに大きな影響をあたえたものがある。このまま埋もれさせるのはもったいないので、将棋界の共有財産としてここでご紹介しておきたい。

名前:新井田 投稿日:2007/12/25(火) 00:22
本日、第7回朝日北海道小学生選手権でした。40名くらいの参加だと予想していたのですが(当地は小学校4年あたりから非常に層が薄い)60名以上のエントリーがあり、最終的に63名という過去最多の参加数でした。

一番の要因は、教えている子供の一人が学校で他の子を勧誘してくれたことです。これで15名くらい増えました。この子は普段学校でも将棋を流行させてくれており、矢倉や美濃囲いで戦えるというレベルにまで上げてくれました。

結局は末端での将棋の普及とはこういう子を育てることだと思っています。プロ、またはプロに準ずる子供を育てることに指導者の皆さんはあまりにとらわれているのではないかと思います。自分自身にはそんな能力はないのでハナからこういうレベル(境地)でやっているんですが(笑)。
「将棋パイナップル」学生棋界:小・中学生将棋団体戦より)

じっさいにはプロのタイトルホルダー(広瀬王位)まで育てているので、謙遜なのだが。先日の「大山名人記念館」の新聞記事にもあったように、「プロになれるのは1000人に1人もいない特殊な才能を持ち、運に恵まれた人」だ。残りの999人以上に目を向けるのが本当の将棋の普及だろう。

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2011年7月 1日 (金)

将棋の上達には、運と自信も大事

新井田先生いわく「(将棋を上達するには、才能・やる気・環境だけではなく)運も大事ですよ。」よき師匠と出会えるかどうかは本当に運しだいだが、もうひとつには大会の組み合わせの運がある。

大きな大会では「公平な組み合わせがのぞましい」と、以前の記事(将棋大会を選ぶ5つの条件)に書いた。一方、単純なトーナメント戦はその正反対である。ご存じのとおり、優勝候補が近くにかたまったり、あまり強くない子が決勝戦まで来てしまったりという事件が、たまにおこる。ただ、この不公平がもとで偶然よい成績をおさめ、その結果、自信がついて本当に強くなってしまうことがあるのだ。(逆に不運がつづいて自信とやる気を失い、本当に弱くなってしまうことも。)

この「自信(精神面)」に関してはひとつの事件がある。先日、ある県の代表の子(二段くらい)が遠征にきて、(上級レベルの)岡山県の子に負けてしまった。岡山県の子にきくと、「相手が強い子だとは知らなかった」「知って対戦していたらきっと負けていた」という。将棋の強さには、精神面も大きいことを実感した吾輩であった。

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